正規分布の確率密度関数(ガウス関数)のフーリエ変換
命題
正規分布$N(\mu, \sigma^2)$の確率密度関数
$$ x(t) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\exp{\left[-\frac{(t - \mu)^2}{2 \sigma^2}\right]} $$
のフーリエ変換は、
$$ X(\omega) = \exp{\left[ -\frac{\sigma^2 \omega^2}{2} - i\mu\omega \right]} $$
である。
特に標準正規分布$N(0, 1)$の確率密度関数
$$ x(t) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\exp{\left[-\frac{t^2}{2}\right]} $$
のフーリエ変換は、
$$ X(\omega) = \exp{\left[ -\frac{\omega^2}{2} \right]} $$
証明
定義に従って計算してもよいが、まず次の補題を示す。
時間軸推移公式
$x(t)$のフーリエ変換を$X(\omega)$とする。
$x(t - \tau)$のフーリエ変換は、$e^{-i \omega \tau} X(\omega)$
実際、フーリエ変換の定義にあてはめて
$$ \int_{-\infty}^{\infty}x(t - \tau)e^{-i \omega t}dt $$
$s = t - \tau$の置換積分を行うと、
$$ \int_{-\infty}^{\infty}x(s)e^{-i \omega (s + \tau)}ds = e^{-i \omega \tau}\int_{-\infty}^{\infty}x(s)e^{-i \omega s}ds = e^{-i \omega \tau} X(\omega) $$
である。
これは時間領域における遅延(time delay)は、振幅スペクトルには影響を及ぼさないが、位相スペクトルには線形に影響を及ぼす(線形位相特性 linear phase characteristic)ことを示している。
さて、もとの問題に戻って、
$$ y(t) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\exp{\left[-\frac{t^2}{2 \sigma^2}\right]} $$
とおくと、
$$ x(t) = y(t - \mu) $$
であるから、上の補題により、
$$ X(\omega) = e^{-i \omega \mu} Y(\omega) $$
結局、
$$ Y(\omega) = \exp{\left[ -\frac{\sigma^2 \omega^2}{2} \right]} $$
を示せば良い。
$$ Y(\omega) = \int_{-\infty}^{\infty}{y(t) \cdot e^{-i \omega t}dt} = \frac{1}{\sqrt{2 \pi \sigma^2}} \int_{-\infty}^{\infty} \exp{\left[ -\frac{t^2}{2\sigma^2} - i \omega t \right]}dt $$
指数の肩を平方完成すると、
$$ Y(\omega) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi \sigma^2}} \int_{-\infty}^{\infty} \exp{\left[ -\frac{(t + i\sigma^2\omega)^2}{2\sigma^2} - \frac{\sigma^2 \omega^2}{2} \right]}dt = \exp{\left[- \frac{\sigma^2 \omega^2}{2} \right]} \cdot \frac{1}{\sqrt{2 \pi \sigma^2}} \int_{-\infty}^{\infty} \exp{\left[ -\frac{(t + i\sigma^2\omega)^2}{2\sigma^2} \right]}dt $$
積分部分を$I$とおき、$u=\frac{t}{\sigma}+i\sigma\omega$により置換積分すると、
$$ I = \sigma \int_{i\sigma\omega -\infty}^{i\sigma\omega +\infty}{\exp{\left[ -\frac{u^2}{2} \right]}}du $$
この積分は、以前の記事 標準正規分布に従う確率変数のコサインの期待値 で既にやったが、改めてやっておこう。
正の実数$R$を取り、$-R, -R + i\sigma\omega, R + i\sigma\omega, R$の各点を結ぶ長方形の積分路を考える。
$$ C_1 : -R \to -R+i\sigma\omega $$
$$ C_2 : -R+i\sigma\omega \to R+i\sigma\omega $$
$$ C_3 : R+i\sigma\omega \to R $$
$$ C_4 : R \to -R $$
$$ C : C_1 + C_2 + C_3 + C_4 $$
とする。
$C$は単純閉曲線であり、$\exp{[-\frac{u^2}{2}]}$は正則であるから、Cauchyの積分定理により、
$$ \int_{C}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du = 0 $$
また、$R$が十分大きいとき、
$$ \left|\int_{C_1}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du\right| = \left|\int_{0}^{1}\exp{[-\frac{(-R+i\sigma\omega t)^2}{2}]}dt\right| \le \int_{0}^{1}\left|\exp{[-\frac{(-R+i\sigma\omega t)^2}{2}]}\right|dt = \int_{0}^{1}\exp{[-\Re{\frac{(-R+i\sigma\omega t)^2}{2}}]}dt = \int_{0}^{1}\exp{[-\frac{R^2 - (\sigma\omega t)^2}{2}]}dt \le \int_{0}^{1}\exp{[-\frac{R^2 - \sigma^2 \omega^2}{2}]}dt = \exp{[-\frac{R^2 - \sigma^2 \omega^2}{2}]} $$
なので、$R \to \infty$の極限を取ると、
$$ \int_{C_1}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du \to 0 $$
同様に、
$$ \int_{C_3}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du \to 0 $$
そこで、$R \to \infty$において、
$$ \int_{C_2}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du + \int_{C_4}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du \to 0 $$
右辺の第二項は、実軸上でのガウス積分であり、
$$ \int_{C_4}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du \to -\sqrt{2 \pi} $$
よって、
$$ \int_{C_2}\exp{[-\frac{u^2}{2}]}du \to \sqrt{2 \pi} $$
結局、
$$ I = \sigma \sqrt{2 \pi} $$
なので、
$$ Y(\omega) = \exp{\left[- \frac{\sigma^2 \omega^2}{2} \right]} \cdot \frac{1}{\sqrt{2 \pi \sigma^2}} \cdot \sigma \sqrt{2 \pi} = \exp{\left[- \frac{\sigma^2 \omega^2}{2} \right]} $$
よって示された。
補足
標準正規分布の確率密度関数は、係数を除き、フーリエ変換の前後で同じ形をしていることから、フーリエ変換における不動点の一つとみなすことができる。
なお、フーリエ変換の定義式のバリアントの一つに$\frac{1}{\sqrt{2 \pi}}$の係数をつける流儀もあり、それに従うと係数も含めて完全に一致する。
このような関数変換における不動点は、self-reciprocal function と呼ばれる。
フーリエ変換のself-reciprocal functionとしては、他に$\frac{1}{\sqrt{|t|}}$などが知られている(フーリエ変換のself-reciprocal functionの例)。
以前、 標準正規分布に従う確率変数のコサインの期待値 を求めたが、 この命題が示されてから振り返ると、標準正規分布の確率分布関数のフーリエ変換に$\omega = 1$を代入したのと同じである。
実際、フーリエ変換とは、$\exp{[-i\omega t]}$の期待値を求めていることにほかならない。
そこで、標準正規分布$N(0, 1)$の確率密度関数
$$ x(t) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\exp{\left[-\frac{t^2}{2}\right]} $$
のフーリエ変換は、
$$ X(\omega) = E[e^{-i \omega t}] $$
であるが、オイラーの公式により、
$$ e^{-i \omega t} = \cos{\omega t} - i \sin{\omega t} $$
を代入すると、
$$ X(\omega) = E[\cos{\omega t} - i \sin{\omega t}] = E[\cos{\omega t}] - i E[\sin{\omega t}] $$
$x(t)$は偶関数であるから、
$$ E[\sin{\omega t}] = 0 $$
よって、
$$ X(\omega) = E[\cos \omega t] $$
今回の結果を使うと、
$$ E[\cos t] = X(1) = \exp{\left[-\frac{1^2}{2}\right]} = \frac{1}{\sqrt{e}} $$
確率密度関数のフーリエ変換の共役を一般に、特性関数(characteristic function)という。
$$ \phi(\omega) = E[e^{i \omega t}] = \overline{E[e^{-i \omega t}]} $$
この文脈の場合、確率変数には$X$、特性関数の引数には$t$を用いることが多く、
$$ \phi(t) = E[e^{i t X}] $$
と普通は書かれる。
そこで、ここで証明した命題を確率論の言葉で書けば次のようになる。
正規分布$N(\mu, \sigma^2)$の確率密度関数は
$$ f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\exp{\left[-\frac{(x - \mu)^2}{2 \sigma^2}\right]} $$
特性関数は、
$$ \phi(t) = \exp{\left[ -\frac{\sigma^2 t^2}{2} + i\mu t \right]} $$
である。
特に標準正規分布$N(0, 1)$の確率密度関数は
$$ f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\exp{\left[-\frac{x^2}{2}\right]} $$
特性関数は、
$$ \phi(t) = \exp{\left[ -\frac{t^2}{2} \right]} $$