集合の極限
数列の極限
実数列$\{a_n\}$が、ある実数$\alpha$に収束する、とは次の意味であった。
$$ \forall \epsilon > 0; \exists N \in \mathbb{N} \text{ s.t. } n > N \implies |a_n - \alpha | < \epsilon $$
これから集合列に対する極限を考えていくが、この定義を直接応用するのは難しい。 集合と集合の差が$\epsilon$未満とはどういう意味なのかわからないからである。
集合の単調増大列 / 単調減少列の極限
とはいえ、任意の集合列の極限の定義は置いておくにしても、次のような列についての極限を考えるのは比較的容易いだろう。
単調増大列
集合列$\{A_n\}$は任意の$n$に対して、$A_n \subset A_{n+1}$を充たすとする。すなわち、 $$ A_1 \subset A_2 \subset A_3 \subset A_4 \subset … $$ このとき、集合列$\{A_n\}$は単調増大列であるという。
このとき、
$$ \lim_{n \to \infty}A_n = \bigcup_{n = 1}^{\infty}A_n $$
と定める。
右辺にも$\infty$が出てきていて、どういう定義なのかわかりづらいが、右辺の意味は「少なくとも一つの$n$があって、$A_n$の元となるような要素をすべて集めたもの」であり、実は極限的な意味は何もない。
きちんと記号でかけば、
$$ \bigcup_{n = 1}^{\infty}A_n = \{x|\exists n \in \mathbb{N}; x \in A_n\} $$
ということであり、任意の集合列に対して定義できるものである。
単調減少列
集合列$\{A_n\}$は任意の$n$に対して、$A_n \supset A_{n+1}$を充たすとする。すなわち、 $$ A_1 \supset A_2 \supset A_3 \supset A_4 \supset … $$ このとき、集合列$\{A_n\}$は単調減少列であるという。
このとき、
$$ \lim_{n \to \infty}A_n = \bigcap_{n = 1}^{\infty}A_n $$
と定める。
右辺の意味は「すべての$A_n$の元となるような要素をすべて集めたもの」である。
きちんと記号でかけば、
$$ \bigcap_{n = 1}^{\infty}A_n = \{x|\forall n \in \mathbb{N}; x \in A_n\} $$
ということであり、任意の集合列に対して定義できるものである。
数列の単調列
ここで証明はしないが、次の定理がある。
- 実数列の単調増大列は、有界ならその上限に収束し、非有界なら$\infty$に発散する。
- 実数列の単調減少列は、有界ならその下限に収束し、非有界なら$-\infty$に発散する。
この定理と、上で定義した集合の単調列の極限の定義を比較すると、$\bigcup$は上限のようなもの、$\bigcap$は下限のようなものであると類推できる。
単調列以外の集合列の極限を定義するにあたっては、こういった概念を敷衍すればよいわけである。
数列の上極限・下極限
そこで、次のような概念を思い出す。
数列$\{a_n\}$に対して、その上極限を次で定める。
$$ \limsup_{n \to \infty} a_n = \inf_{n \in \mathbb{N}} \sup_{k \ge n} a_k $$
下極限を次で定める。
$$ \liminf_{n \to \infty} a_n = \sup_{n \in \mathbb{N}} \inf_{k \ge n} a_k $$
上極限・下極限は、任意の数列に対して定義できるという、強い性質を持つ。
また、次の定理がある。
実数列の上極限と下極限が一致するなら、実数列は極限($\infty$、$-\infty$を含む)を持つ。極限の値は上極限(=下極限)と一致する。逆に、実数列が極限を持つならば、上極限と下極限は極限に一致する。
この定理を利用すると、単調でない集合列にも極限が定義できるだろう。
上極限・下極限は、上限・下限さえ知っていれば定義でき、先の考察で $\bigcup$が上限のようなもの、$\bigcap$が下限のようなものであるということは分かっているからである。
集合列の上極限・下極限・極限
集合列$\{A_n\}$に対して、その上極限、下極限を次のように定める。
$$ \limsup_{n \to \infty} A_n = \bigcap_{n = 1}^{\infty} \bigcup_{k = n}^{\infty} A_k $$
$$ \liminf_{n \to \infty} A_n = \bigcup_{n = 1}^{\infty} \bigcap_{k = n}^{\infty} A_k $$
もし、
$$ \limsup_{n \to \infty} A_n = \liminf_{n \to \infty} A_n $$
が成り立つなら、これを集合列$\{A_n\}$の極限といい、
$$ \lim_{n \to \infty} A_n $$
で表す。
集合列の極限が存在しない例
上で集合列の極限は定義されたが、イメージがつかみにくいかもしれないので例を挙げる。
実はこの例では、極限が存在しないことが示されてしまうのだが、エッジケースであり、イメージを掴むのには十分であると思う。
集合列$\{X_n\}$を次で定める。
$$ X_n = \{x \in \mathbb{R} | -1 - \frac{(-1)^n}{n} \le x \le 1 + \frac{(-1)^n}{n}\} $$
最初の4項を示すと、以下の通りである。
$$ X_1 = [0, 0] $$
$$ X_2 = [-\frac{3}{2}, \frac{3}{2}] $$
$$ X_3 = [-\frac{2}{3}, \frac{2}{3}] $$
$$ X_4 = [-\frac{5}{4}, \frac{5}{4}] $$
グラフにすると、以下の通りである。
グラフからは、$\{X_n\}$は単調でないが、ゆっくりと$[-1, 1]$に収束していくように見える。
しかし、定義に従って正確に議論すると、実は違うことがわかる。
それを以下で示そう。
$n$が偶数のとき、$\bigcup_{k = n}^{\infty} X_k = X_n$となる。
これは、$\{X_n\}$の偶数番目だけを取った部分列が単調減少列であり、$X_{2n} \supset [-1, 1] \supset X_{2m+1}$が任意の$n, m$に対して成立することからわかる。
同様の考察で、
$n$が奇数のとき、 $\bigcup_{k = n}^{\infty} X_k = X_{n+1}$
$n$が偶数のとき、$\bigcap_{k = n}^{\infty} X_k = X_{n+1}$
$n$が奇数のとき、$\bigcap_{k = n}^{\infty} X_k = X_{n}$
がわかる。したがって、
$$ \limsup_{n \to \infty} X_n = \bigcap_{n = 1}^{\infty} X_{2n} = [-1, 1] $$
$$ \liminf_{n \to \infty} X_n = \bigcup_{n = 1}^{\infty} X_{2n+1} = (-1, 1) $$
ゆえに、
$$ \limsup_{n \to \infty} X_n \neq \liminf_{n \to \infty} X_n $$
であり、極限は存在しないことがわかる。
大変惜しい。
集合列の極限が存在する例
上の例を少し変形して、
$$ X_n = \{x \in \mathbb{R} | -1 - \frac{(-1)^n}{n} \le x \le 1 + \frac{(-1)^n}{n}\} - \{-1, 1\} $$
などとすると、
$$ \limsup_{n \to \infty} X_n = \liminf_{n \to \infty} X_n = (-1, 1) $$
となり、極限が定義できるようになる。
ただ、これは些か不便であり、位相を仮定せず一般の集合列に対して、極限を定義した点に問題があると思う。
たとえば、位相空間の部分集合列で、上極限と下極限が集積点の違いを除いて一致するなら、その間の何かや、閉包、開核を以て「極限のようなもの」を定義しても良いとは思う。
ただし、多くの文献で、集合列の極限は測度論の文脈で語られているため、こういった点に言及しているものはなく、一般的なアイデアではないかもしれない。
位相空間については、部分集合列の極限を考えるよりも、点列の極限を考えることができれば、それで十分という場合が多いのかもしれない。
集合列の上極限・下極限の言い換え
まだイメージが掴みづらい読者のために、より簡潔な言い換えを紹介しておく。
「$x$が集合列$\{A_n\}$の上極限に含まれる」とは、$|\{A_n | x \in A_n\}| = \aleph_0$の意味である。
「$x$が集合列$\{A_n\}$の下極限に含まれる」とは、$|\{A_n | x \notin A_n\}| < \aleph_0$の意味である。
この言い換えから明らかなように、下極限は必ず上極限の部分集合になる。
集合列に極限が存在するのは、「$x$を含む項が無限に存在するなら、$x$を含まないような項は高々有限個になる」という条件が成り立つ場合である。
またいいかえれば、「任意の$x$に対して、$x$を含む項が無限個ある、または、$x$を含まない項が無限個ある、のいずれか一方のみが成り立つ」ような場合である。
一般的な集合列の極限の定義が、単調列の場合の定義とcompatibleであることの証明
まず集合列が単調列の場合に極限を定義し、次に一般的な場合を考えた。
これらの定義が一致することの証明をここで与える。
集合列$\{A_n\}$は単調増大列とする。
このとき、任意の$n$について
$$ \bigcup_{k = n}^{\infty} A_k = \bigcup_{k = 1}^{\infty} A_k $$
がわかる。実際、
$$ \bigcup_{k = 1}^{\infty} A_k = (\bigcup_{k = 1}^{n} A_k) \cup (\bigcup_{k = n}^{\infty} A_k) = A_n \cup (\bigcup_{k = n}^{\infty} A_k) = \bigcup_{k = n}^{\infty} A_k $$
したがって、
$$ \limsup_{n \to \infty} A_n = \bigcap_{n = 1}^{\infty} \bigcup_{k = n}^{\infty} A_k = \bigcup_{k=1}^{\infty}A_k $$
また、単調増大性から、
$$ \bigcap_{k = n}^{\infty} A_k = A_n $$
であり、ゆえに
$$ \liminf_{n \to \infty} A_n = \bigcup_{n = 1}^{\infty} \bigcap_{k = n}^{\infty} A_k = \bigcup_{n = 1}^{\infty} A_n $$
がわかる。
よって、上極限と下極限が一致するため、一般的な定義においても極限が存在し、それは 単調増大列に対して定義した極限$\bigcup_{n = 1}^{\infty} A_n$と一致する。
単調減少列に対する極限も、同様の議論で一致することがわかる。